第1299号
2009年04月30日(木曜日)発行
加賀のアトリエから
― 海部 公子(あまべ きみこ)
伊勢物語展
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
このうたを思い起こさせる例年の春。
今春、桜の開花に合わせるかのように響いてきたのは、核をなくそう!というオバマ氏の言葉だ。核保有超大国アメリカ現大統領の発言である。私たちは何をすればよい? 一人一人の生き方が問われている。
硲伊之助美術館ではこの五月、「伊勢物語展」を開くことになった。
源氏物語よりも約百年前に誕生し、そのみなもとにもなったという伊勢物語。それはさきの桜の賛歌を詠った在原業平その人と彼のうたを中心に編まれた百余の物語で、その世界には清少納言も紫式部も嵌まったらしい。光源氏のモデルは業平ともいわれている。
源氏物語絵巻など平安絵画には、色彩で把まれた人間生活の真実がある。その伝統を、後年光悦、宗達などを介して発展的に継承した古九谷。それはその後、浮世絵に受け渡され、海外に出る機会を得たことで、彼の地の多くの芸術家を刺戟した。
多色刷木版画に限らず日本の生活用具に顕われた誠実で一途な職人魂は欧州の人々を驚かせた。隅々にまで心配りのある良心的で丁寧な仕事を支えているのは目先に把われない落ち着きのある態度。それは人と人とが力を合わせることで培われた共生の心でもある。
ゴッホが「助け合うことを知っている日本人」と、弟への手紙で礼賛している。
創造力というものは、おごらず、むさぼらない心によって研ぎ出され、鍛えられて強くなるものらしい。日本の先人が生きた心の証、その一つを伊勢物語にたどることも興味深い。
芦澤美佐子、新二ご夫妻とは師生前からの交流である。残念な夫君早逝後、その号を冠した鉄心斉文庫を小田原に開設。長年お二人で集めた伊勢物語に関するものを、仕事のかたわら、さらに充実させつつ、春、秋の二回とも作品を入れ替えては公開展示され、その年月も二十年を越す。
この展示会は芦澤さんの全面的なご協力によって実現することになった。展示会初日の五月九日には芦澤美佐子さんの講演会も予定されている。核廃絶の祈りに繋がればと思いつつ「伊勢物語展」の準備をしている。
(色絵磁器画工)