第1244号
2007年8月30日(木曜日)発行
加賀のアトリエから
職人気質 八十歳
夏にずれ込んだ長い梅雨に阻まれもしたが、大禍なく作業を終えて、茅手職の古川覚(さとる)さんは若狭に帰って行った。ところがそれから四、五日して、古川さんは電話で「気になるところがあって寝られんで……行くから」と。
翌朝、吸坂に現われ、地元の助っ人と一緒に長いハシゴを動かしながら念を入れての点検と手直しに取り組んだ。しばらくして得心がいったのか、古川さんは晴れやかに「これで寝られるわ」と。車で片道二時間の道中をまたまた一人で運転して若狭へ引き上げた。
わが古民家は三十年に一度の葺き替えを一ぺんには出来ないので、六年前に北側と前面を葺き替え、その三年後に南側を昨年は後側だけ、そして今年は屋根のてっぺんというふうにひととおりの葺き替えを行なった。
棟梁の今井仁三郎さんと岩本登己雄さんが病気療養で来られず、屋根頂上の杉皮を張り替えて押さえる最後の仕上げ作業になる今回は、チーム最年長で痩躯ベテランの古川さん一人になった。
地元からは屋根に上るのが少し慣れてきたいつもの助っ人三人が古川親方の指示で動き、順調に一日目が終わった。二日目は終日かんかん照りの中で皆が汗を流した。古川さんも昼間の仕事中は元気いっぱいだった。しかし夕刻風呂を浴び、夕飯の食卓でコップ一杯のビールを飲んでまもなく失神した。びっくり、あわてて救急車にお出まし願うさわぎになり、近所の人がかけつけてきたりした。私がつき添って病院へ。だが点滴をはじめたら血圧も正常になり本人もケロリとして「以前にも畑でこうなったことがあった」と。古川さんは平素、三食に梅干は欠かさないが粗食で少食、水分もあまり摂らない。医師の診断は脱水と貧血だった。点滴を終え家に戻り、床についた。だが翌日からはもう屋根の上の人になって、休めば、といっても聞かず、体の方が動いてしまう。
棟(てっぺん)の張り替えを終え、北側と前面の傷んだところに差し茅するなど、てきぱきと作業を進めて終了した。
葺き替えたてっぺんも一年経つと風雪でかなり沈み、縄が緩むので締め直すのが良いという。「来年も生きてたらワシが来て締め直すよ」といい、地元の三人に「ワシが来られんかったらアンタらで…」と締め直し方を懇切に教えていた。
海部公子
(色絵磁器画工)